派遣から直接雇用への道は魅力的ですが、本来の手順を通さないと引き抜きとみなされ契約違反となってしまうリスクがあります。本記事では、派遣社員、派遣先企業、派遣元企業のそれぞれの立場から、引き抜きについて深く掘り下げていきます。安心して転職活動を進めるための参考として、ぜひ最後までお読みください。
派遣の引き抜きとは?
派遣の引き抜きとは、派遣先の企業が派遣社員を派遣契約期間中に、または契約終了後に直接雇用することを指します。この行為は、派遣元企業との契約関係や法律、倫理的な観点からさまざまな議論を呼ぶことがあります。
派遣社員が派遣先企業の業務内容や社風に慣れ親しんでいる場合、企業側としては即戦力として期待できるため、引き抜きを検討することがあります。一方、派遣社員自身も、安定した雇用形態や待遇改善を求めて、引き抜きに応じることがあると思います。
しかし、引き抜きは派遣元企業にとって、人材の損失や紹介料収入の減少につながる可能性があります。そのため、派遣契約には引き抜きを制限する条項が含まれていることもあります。
ここで重要なのは、引き抜きという言葉の解釈です。
単に派遣契約期間満了後に直接雇用することを指す場合もあれば、派遣契約期間中に直接雇用を勧誘する行為を指す場合もあります。後者の場合、派遣元企業との信頼関係を損ねるだけでなく、責任を問われる可能性も出てきます。
派遣先からの引き抜きは違法?
結論からお伝えすると、派遣期間満了後の引き抜き自体は、法律で明確に禁止されているわけではありません。しかし、派遣契約の内容や状況によっては、違法とみなされるケースも存在します。
(派遣労働者に係る雇用制限の禁止)
第三十三条 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者又は派遣労働者として雇用しようとする労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者(派遣先であつた者を含む。次項において同じ。)又は派遣先となることとなる者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。2 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者又は派遣先となろうとする者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。
例えば、派遣契約に「契約期間満了後一定期間は直接雇用しない」といった競業避止義務条項が含まれている場合、これに違反すると契約違反となり、損害賠償請求をされる可能性があります。また、派遣期間中に派遣先企業が派遣社員に対し、執拗に直接雇用を勧誘し、派遣元企業との関係を意図的に悪化させようとする行為は、不法行為とみなされる可能性があります。
労働者派遣法においては、派遣先企業に対して、派遣労働者の雇用機会の確保に関する努力義務が課せられています。
1 雇用契約の申込みが義務付けられる場合
派遣先に派遣労働者に対する雇用契約の申込みが義務付けられるのは、以下の2つの場合です。
(1)派遣受入期間の制限のある業務(※P6(1)・(7)・(8)の業務)について、派遣受入期間の制限への抵触日以降も、派遣労働者を使用しようとする場合(労働者派遣法第40条の4)
(2)派遣受入期間の制限のない業務(※P6(2)~(6)の業務)について、同一の業務に同一の派遣労働者を3年を超えて受け入れており、その同一の業務に新たに労働者を雇い入れようとする場合(労働者派遣法第40条の5)
※なお、派遣受入期間の制限のある業務については、1(1)のほか、1年以上同一の業務に同一の派遣労働者を受け入れており、派遣の受入れが終了した日以後、当該業務に新たに労働者を雇入れようとする場合は、(1)派遣先に雇用されて当該業務に従事する希望を申し出ており、(2)派遣の受入れが終了した日以後7日以内に派遣元事業主との雇用関係が終了する派遣労働者を雇用する努力義務があります。
派遣労働者に対する雇用契約の申込み義務について|厚生労働省
これは、派遣労働者のキャリアアップを支援し、雇用の安定を図ることを目的としています。しかし、この努力義務は、あくまで努力義務であり、派遣先企業に直接雇用を強制するものではありません。
したがって、派遣先企業が派遣社員を直接雇用するかどうかは、企業の経営判断に委ねられる部分が大きいといえます。ただし、その判断にあたっては、派遣元企業との契約関係や関連法規などを遵守する必要があります。
派遣社員から直接雇用になるメリット
派遣社員から直接雇用になることは、メリットとデメリットの両面があります。まずは、派遣社員として働く人のメリットを紹介します。
雇用の安定
派遣社員は、派遣契約期間が満了すると、次の仕事を探さなければなりません。直接雇用になれば、雇用期間の定めがなくなり、安定した生活を送ることができます。
待遇の改善
直接雇用になれば、給与や賞与、福利厚生などの待遇が改善される可能性があります。企業によっては、住宅手当や家族手当、退職金制度などが適用される場合もあります。
キャリアアップの機会
直接雇用になれば、より責任のある仕事や新しいプロジェクトに挑戦する機会が増える可能性があります。企業によっては、研修制度や資格取得支援制度などを利用して、スキルアップを図ることもできます。
派遣社員から直接雇用になるデメリット
派遣社員として働く人のデメリットを紹介します。
働き方の自由度の低下
派遣社員は、派遣期間や勤務時間などを比較的自由に選ぶことができます。直接雇用になれば、会社のルールに従う必要があり、働き方の自由度が低下する可能性があります。
仕事内容の変更
直接雇用になれば、派遣されていた仕事内容とは異なる業務を任される可能性があります。自分の希望とは異なる仕事内容の場合、モチベーションが低下する可能性があります。
人間関係の変化
直接雇用になれば、社員として他の社員との人間関係を構築する必要があります。派遣社員として働いていたときとは異なる人間関係に馴染む必要が出るケースも、考えられます。
派遣先企業にとってのメリット
ここでは、派遣社員を採用する企業にとってのメリットを紹介します。
採用コストの削減
派遣社員を直接雇用する場合、求人広告費や採用選考費用などの採用コストを削減することができます。また、派遣期間中に能力や適性を評価できるため、採用ミスマッチを防ぐことができます。
即戦力の確保
派遣社員は、すでに企業の業務内容や社風に慣れ親しんでいるため、即戦力として期待できます。研修期間を短縮できるため、早期に戦力化することができます。
派遣先企業にとってのデメリット
ここでは、派遣社員を採用する企業にとってのデメリットを紹介します。
雇用責任の発生
直接雇用することで、企業は雇用責任を負うことになります。解雇や雇止めをおこなう場合、法的な手続きが必要になります。
また、派遣社員を直接雇用する場合、契約内容によっては派遣元企業に紹介料を支払う可能性があります。なお紹介料は、派遣社員の給与の一定割合で計算されます。
派遣元企業との関係悪化
契約中にかかわらず、派遣元企業に無断で派遣社員を引き抜いた場合、派遣元企業との関係が悪化する可能性があります。場合によっては、今後の人材派遣に影響が出るケースも考えられます。
派遣元企業にとってのメリット
派遣元企業(派遣会社)にもメリット・デメリットがいくつかあります。まずは、派遣元企業にとってのメリットを紹介します。
派遣社員のキャリアアップ支援
派遣社員が直接雇用されることは、派遣社員のキャリアアップにつながります。派遣元企業は、派遣社員の成長を支援することで、企業イメージを向上させることができます。
新たな人材の獲得
派遣社員が直接雇用されることで、派遣元企業は新たな人材を獲得することができます。常に新しい人材を育成し、企業競争力を維持することができます。
派遣元企業にとってのデメリット
次は、派遣元企業にとってのデメリットを紹介します。
人材の流出
派遣社員が直接雇用されることは、派遣元企業にとって人材の流出につながります。特に優秀な人材が流出すると、企業の競争力が低下する可能性があります。
派遣先企業との関係悪化
派遣先企業に無断で派遣社員を引き抜かれた場合、派遣先企業との関係が悪化する可能性があります。その結果、今後の人材派遣に影響が出る可能性もあります。
派遣社員の引き抜きの話があったときの対応方法
実際に派遣先から引き抜きの話があった場合、どのように対応すれば良いのでしょうか? 状況別に具体的な対応策を解説します。
派遣社員の場合
引き抜きの話があった場合、まずは冷静に状況を把握しましょう。給与や待遇、仕事内容、会社の将来性など、さまざまな角度から検討する必要があります。特に契約期間中であれば、引き抜きの話があったことを派遣元企業に伝えましょう。
直接雇用される場合、給与や待遇などの条件交渉をおこなうことも大切です。自分のスキルや経験に見合った条件を提示してもらえることがあります。直接雇用契約を結ぶ前に契約内容を確認し、労働時間や休日、給与、福利厚生など、重要な条項を理解しておく必要があります。
派遣先企業の場合
派遣社員を直接雇用したい場合、まずは派遣元企業に相談しましょう。一方的に話を進めず、派遣元企業とコミュニケーションを取ることが、トラブルを避けるための第一歩です。
派遣社員に直接雇用の意思があるかどうかを確認しましょう。強引な勧誘は、派遣元企業との関係を悪化させるだけでなく、派遣社員のモチベーションを低下させる可能性があります。さらに、給与や待遇、仕事内容などの雇用条件を明確にしましょう。トラブルを避けるため、書面で合意することが重要です。
派遣元企業の場合
派遣先企業との信頼関係は、派遣ビジネスの根幹です。派遣先企業との良好な関係を維持するため、日頃から密なコミュニケーションを心がけましょう。派遣社員のキャリアアップを支援することは、派遣元企業の社会的責任ともいえるため、研修制度や資格取得支援制度などを充実させ、派遣社員のスキルアップを支援しましょう。
派遣社員の不合理な引き抜きを防止するためには、契約書に項目を盛り込んだり、派遣社員との面談を定期的におこなったりするなどの対策があります。もしトラブルが発生した場合、専門家に相談し適切な対応をすることで、リスクを最小限に抑えることができます。
まとめ:派遣の引き抜きは慎重に、関係者全員が納得できる形で
派遣の引き抜きは、派遣社員、派遣先企業、派遣元企業のそれぞれにとって、メリットとデメリットがあります。法的な側面や契約内容、倫理的な観点などさまざまな要素を考慮し、慎重に進める必要があります。特に、派遣元企業とのコミュニケーションを密にし、関係者全員が納得できる形で合意することが重要です。本記事が、派遣の引き抜きに関する理解を深め、より良い選択をするための一助となれば幸いです。


